慶應義塾出身の英語の先生

英語Learnerではなく、英語Userになってほしい(Tomoko先生)

きっかけはファンレター

「栗田先生と英語の出会いはどんなものだったんですか?」

大学の非常勤講師として活動する栗田先生高校の時に俳優のポール・ニューマンが大好きで、ファンレターを書いて国際便で送ったんです。
少し経ってからなんとポール・ニューマンからサイン入りの写真が届きまして…当時は海外と手紙をやりとりするというのが大変な非日常的な出来事だったので、その手紙を家族全員で囲んで「本当に届くんだね」って驚いたりしてたんです(笑)
それがきっかけで英語に関心を持ちました。

その後、大学も英文科に進むことが出来たのですが、周りのレベルが高いことにすっかり萎縮してしまって、英語を使う仕事は無理だなぁと諦めて一般企業に就職しました。

実は学生時代に教員免許だけは取っておいたんです。
先生になる、というつもりも全く無かったのですが、取れるなら取っておこうかな、くらいの気持ちでした。
実際、その免許を使うことになったのはそれから20年以上後になるんです。

ハワイでの育児を通した経験で価値観が一変した

「20年後になって、まさか教員免許が役に立つなんて、
分からないものですね。」

ハワイで出会ったシュタイナー教育に感化されて教育者としての道を模索することになったまったくです(笑)

就職して結婚して子供が2歳のときに、夫の都合でハワイに引っ越すことになりました。

この時にハワイでの育児を通して当時の日本教育とは全く異なる教育に触れました
これが私の転機になる出会いだったんです。

「具体的にはハワイでどんな教育に触れたのでしょうか」

はい、それは従来のように「子供は真っ白なキャンバスで何を書くのも大人の自由」という考え方ではなくて、「1人1人が異なる植物の種のように秘めている個性も異なるのだから、それを尊重して育てよう」という教育論でした。

これが私自身が持っていた価値観ともフィットして、目が醒めるような思いでした。
ちょうどハワイに来て英語があまり流暢に話せず、

「あんなに英語を勉強してきたのに、どうして私は話せるようになってないんだろう。日本の英語教育ってなんだったんだろう。」

という疑問を感じていた時期でした。
育児、新しい教育論、自分が受けてきた教育への疑問などが重なり、教育に対して強い関心を抱くようになりました

教育者として歩み始める

「それでついに教員免許を使う決意をしたのでしょうか。」

英語のホームティーチャーとして浅草で活動していたえっまだ20年も経ってません(笑)

帰国後は専業主婦でした。
ボランティアで人形劇や絵本の読み聞かせなどをしていました。
「もっと教育に携わる事がしたい」という思いがあったからだと思います。

最初はご近所さん達から「子供に英語を教えてあげて欲しい」と頼まれてホームティーチャーのようなことができる機会を得ました。

さらに近所の小学校から臨時講座を開いてハワイのことを子どもたちに話してあげてほしいと頼まれ、その後継続的に小学校で英語の時間をいただける機会に恵まれたんです。
このときは英語のゲームをしたり、楽しい体験に焦点を置いてました。

ただ、ホームティーチャーや小学校での時間を持つことを通して「もっと教えるということを学びたい」と思ってました。

そしてインターネットでTeachers’ Collegeという教授法を学べる場所を見つけて、コレだ!と思い、入学を決意。
と同時に、入学条件が「実際に教えていること」だったので、ついに教員免許を使って中学校の非常勤講師として働くことになったんです。

「先生は間違ってはならない」という固定観念を克服

「おお、ついに。英語のゲームをしたり楽しい体験に焦点を置く授業だけでも十分魅力的ですが、もっと色々な教授法、おそらくアカデミックな方法などを身につけたいと思われたのは何故でしょうか。」

英語の先生は正しい英語を使うという固定観念を克服したその理由にも関係あるのですが、実はこのTeachers’ Collegeでも大きな転機がありました。

ハワイに住んでいたときは、発音とか文法とかデタラメでもとにかく必死で英語を使っていました。
子供が病気になって病院に連れて行かないとならない、なんていうときに悠長に文法なんて考えてられなかったりと、とにかく必死で、間違えることに何の躊躇もなく、生きた英語を身に着けました。

ところが、いざ「自分が教える」という立場になった途端に、「先生は間違ってはいけない」というスイッチが入ってしまったんです。
ホームティーチャーでも小学校で教えるときは、簡単な英語でもしっかり調べてから臨むほどでした。

そういったモードのままTeachers’ Collegeで授業を受ける内に、「間違えることをおそれすぎる」ということをご指摘いただき、大きな衝撃を受けました。

自分は間違いを恐れずに必死で話した結果、生きた英語を身につけられたのに、自分の中にある「先生像」に自分自身がとらわれて「間違ってない正しい英語を教えなければ」と思っていたんです。

先生が「間違ってはならない」という姿勢で授業をしていたら、きっと生徒も「英語は間違ってはならない」という意識をどこかで持ってしまうのではないかと不安になりました。

このままでは自分も「疑問を感じていた日本の英語教育」をしてしまうのではないかと思い、考えを改めました。

それからは「ネイティブだって間違えるし、先生だって間違えるんだよ」ということを隠さないように等身大で授業をすることを大切にしていきました。

こうしてこんな適当な先生ができたわけです(笑)

リアルな英語体験を提供したい

「いえいえ、先生のような人がいるからこそ、英語を楽しいと思える人が生まれてくるんだと思います。具体的には、どんな授業を行っているのでしょうか。」

そうですね、まず「英語がつまらない」という生徒たちの多くは、昔の私と同じように「正しい英語」に囚われすぎて「楽しむ」ということまでたどり着いてないんじゃないかと思い、正しい英語とか勉強(受験)のための英語とは違う英語の時間も設けるようにしています。

たとえば海外の人と文通をするプロジェクトをしたり、外国人と交流する時間を作ったり。

ちょうど看護学科の学生たちにも英語を教えているのですが、ウガンダの保健所と協力して授業をしました。ウガンダではHIV感染に苦しむ子供が多いため、そういった実情やエイズに関する情報共有をする授業をウガンダ側が動画で撮影して、それを観た日本人学生が自分の感想を動画にして送り返す、という授業でした。学生たちは大変衝撃を受けていました。HIV感染の実情はもちろん、初めて聞くウガンダ独特のアクセントがある英語や、送られてきた文章の英語のスペルが異なっていたり……そもそも学校が青空教室だったため、鳥のさえずりが先生の声をかきけすほどの環境で授業をしていることにも驚いていました。日本では考えられない環境や英語というものに触れることで、「勉強ではない英語」を体験できたと思います。

「学生にとって、英語を体験するのは意識しないと難しいことだと思います。そういう授業をしてくれる先生と巡り会えて学生はラッキーだと思います。」

ありがとうございます。いまはiEARNという国際協働学習のネットワークを使って異文化交流をしたり、English Cafeを開いて英語で話す時間を作るといった活動もしています。これからも英語をリアルに使う体験を増やせるような活動を続けられたらと思っています。

栗田先生
慶応義塾大学卒業後、一般企業に勤務。結婚、出産後、離職しハワイに5年半在住。帰国後、英語教育の道へ。小学校、中学校、高校勤務を経て、現在、東京慈恵会医科大学と実践女子短期大学で非常勤講師。自宅教室でも小、中、高校生、大人を指導。コロンビア大学ティーチャーズカレッジ 英語教授法(TESOL)修士課程修了。 慶應義塾出身の英会話講師

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